小説 (story)
11932 しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくら焦って見た所で、容易に上へは出られません。
11933 ややしばらくのぼる中に、とうとう犍陀多もくたびれて、もう一たぐりも上の方へはのぼれなくなってしまいました。
11934 そこで仕方がございませんから、まず一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下りながら、遥かに目の下を見下しました。
11935 すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。
11936 それからあのぼんやり光っている恐しい針の山も、足の下になってしまいました。
11937 この分でのぼって行けば、地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。
11938 犍陀多は両手を蜘蛛の糸にからみながら、ここへ来てから何年にも出した事のない声で、「しめた。
11939 しめた。」と笑いました。
11940 ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限もない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。
11941 犍陀多はこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、莫迦のように大きな口を開いたまま、眼ばかり動かして居りました。
11942 自分一人でさえ断れそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。
11943 もし万一途中で断れたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。
11944 そんな事があったら、大変でございます。
11945 が、そう云う中にも、罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の底から、うようよと這い上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。
11946 今の中にどうかしなければ、糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違いありません。
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