From to: sid: window:

小説 (story)

蜘蛛の糸 (kumo-no-ito)

11918    二
11919    こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていた犍陀多でございます。
11920    何しろどちらを見ても、まっ暗で、たまにそのくら暗からぼんやり浮き上っているものがあると思いますと、それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったらございません。
11921    その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつく微な嘆息ばかりでございます。
11922    これはここへ落ちて来るほどの人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。
11923    ですからさすが大泥坊の犍陀多も、やはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかかった蛙のように、ただもがいてばかり居りました。
11924    ところがある時の事でございます。
11925    何気なく犍陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。
11926    犍陀多はこれを見ると、思わず手を拍って喜びました。
11927    この糸に縋りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。
11928    いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。
11929    そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。
11930    こう思いましたから犍陀多は、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。
11931    元より大泥坊の事でございますから、こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます。
11932    しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくら焦って見た所で、容易に上へは出られません。

Go to Dashboard (guest)