小説 (story)
11084 と妻は言うのです。
11085 『どうにかして忘れたいと思っております。
11086 過去のことは、できれば口にしたくもありません。
11087 とても、つらいことですから。
11088 ヒルトンさん、あなたが私を求めてくださるなら、あなたはひとりの女を、人として恥ずべきことなど何ひとつない女を得ることになりましょう。
11089 その代わり、あなたは、わたくしの言葉を信じて、妻になるより前のことは口を閉ざしても構わない、そうおっしゃってくださらねばなりません。
11090 もしそれでこのお約束が無理だとおっしゃるなら、どうぞわたくしをこのまま残してノーフォークへお帰りください。』これは私どもの結婚の前日、妻が私に言った言葉です。
11091 それで私は妻の言葉をそのまま受け入れて、その後もこの約束をかたく守ってきました。
11092 そしてその後私どもはこの一年のあいだ、結婚生活を続けて参りましたが、私どもは実に幸福でした。
11093 しかし一ヶ月ほど前、六月の末に、私ははじめてわざわいの兆しを見たのです。
11094 その頃、妻はアメリカからの手紙を受け取りました。
11095 アメリカの消印があったんです。
11096 そのとき、妻の顔は気絶しそうなほどに真っ青で、手紙を読むと、それをそのまま火の中に投げ込んでしまいました。
11097 その後、妻は別段そのことについて何も言いませんでしたし、私もまた約束に従って、そのことについては一言も触れませんでした。
11098 しかし妻は、それ以来ずっと、何か不安げで—何ごとかにびくびくしているようでした。
Go to Dashboard (guest)