小説 (story)
10622 彼方から教区の時計台の深い音色が聞こえ、十五分ごとにボーンと時を告げた。
10623 その十五分が、いかに長く感じたことか!
10624 十二時、一時、二時、そして三時が告げられ、我々は何が起きるかと、静かに座って、ひたすら待ちつづけていた。
10625 突然、通気口のほうから明かりが一瞬もれ、すぐ消えた。
10626 そして油の燃える強い匂いと、熱せられた金属の匂いがした。
10627 隣の部屋の誰かが、遮眼灯を点けたのだ。
10628 微かに何かが動く音が聞こえ、また静かになり、そして匂いは強くなった。
10629 半時ほど私は耳をすませて座っていた。
10630 そして突然、もう一つの音が聞こえてきた。
10631 やさしく、なだめるような、やかんから蒸気が吹き出しているような感じの音だった。
10632 その音が聞こえたとたん、ホームズはベッドから飛び上がってマッチを点し、呼び鈴の綱めがけて、激しく打ちつけた。
10633 「見たか、ワトソン?」
10634 彼は叫んだ、「見たか?」
10635 だが、私には何も見えなかった。
10636 ホームズが光をつけたとき、低くはっきりした口笛が聞こえたが、私の疲れた目は突然の眩しい光を浴びて、我が友があんなに激しく打ち据えたものが何なのか、まったく見えなかった。
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