小説 (story)
10078 「本当に恐ろしいのは、何が恐ろしいのかが、実に曖昧だということなのです。
10079 私の疑いは人目にはつまらないことのように見えるかもしれない、まったく些細なことに基づいているのです。
10080 とりわけ助言を求めることができるはずの彼にさえ、神経質な女の空想としか見てもらえないのです。
10081 彼はそれと言っているわけではありませんが、でも、なだめるだけの返事と、目のそらし方から、私にはそうと分かるのです。
10082 けれどホームズさん、あなたは人間の心の、様々な邪悪さを見通せる方と伺っています。
10083 どうか、私を取り巻く危険を切り抜ける道を、ご助言くださいまし」
10084 「どうぞお話ください、マダム」
10085 「私はヘレン・ストーナーと申すもので、義父と暮らしております。
10086 義父は、サリー州の西端にあるストーク・モランの、イングランドで最古のサクソン族の家柄、ロイロット家の最後のひとりです」
10087 ホームズはうなずいた。
10088 「そのご家名は、かねてからうかがっております」
10089 「一家は、かつてイングランドでも最も豊かな家のひとつで、その地所は、北はバークシャー、西にはハンプシャーまで広がっておりました。
10090 しかし、前世紀の継承者は、四代ともずぼらで浪費家の気性だったために、摂政時代には、博打打ちの相続者によって、一家は完全に没落しました。
10091 数エーカーの土地と、二百年前の、それも多額の抵当に入れられた家を除いては、何も残りませんでした。
10092 最後の郷士は、そこから何とか生きのびて、貴族出身の生活保護者として、みじめな暮らしをいたしました。
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