小説 (story)
10003 しかしながら、これらの様々な事件のうちで、私はサリー州に住む有名なストーク・モランのロイロット一家に関わる一件ほど、奇妙な様相を呈した事件は思い出せない。
10004 問題の事件は、私がホームズと関わりあいをもつようになって間もないころもので、独身者同士、ベイカー街に同居していたときのことである。
10005 問題の出来事は、もっと以前に公表することもできたのだが、私は秘密の宣誓をしていた。
10006 だが、その秘密を守ることを約束した婦人が、先月不幸にも若くして亡くなったため、私は秘密を守る義務から解放された。
10007 グリムズビー・ロイロット博士の死に関しては、すでにいくつもの噂が流布しているが、そのような噂は真実よりむごく出来事を誇張しがちであるから、事実を今明らかにするべきだろう。
10008 一八八三年の四月初めのある朝、私が目覚めると、ホームズがすっかり服を着て、ベッドのそばに立っていた。
10009 彼は常日頃寝坊だったし、炉棚の上の時計を見ると、まだ七時十五分だった。
10010 普段どおりの規則的な生活をしていた私は、ちょっと驚き、眼をしばたたかせながら、少々恨みがましく見上げた。
10011 「たたき起して大変済まない、ワトソン。
10012 だが今朝、我々は運命をともにしたわけだ。
10013 ハドスン夫人が最初に叩き起こされ、私は夫人に起こされ、そして君は私にね」
10014 「で、どうしたんだい——火事か?」
10015 「いや、依頼人さ。
10016 ある若いご婦人が相当な興奮状態で来たらしく、私に会いたいと言ってきかなかったそうだ。
10017 居間で待っているよ。
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